F.1 演奏:「アゴーギクとデュナーミク」 演奏には感情移入によるテンポの変動と強さの変動があります.ピアノは元来強弱を弾き分けられる楽器として 開発されたもので,デュナーミク(強弱の制御)が不要なのなら,チェンバロで十分で,ピアノは発祥しな かったはずです.それにも拘らず,表情のある演奏から強弱を固定したものと,テンポを固定したものを 比べると・・・・・ 1 人間による演奏 Dante Amicarelli.wav・・・・Dante Amicarelli(入団後数カ月)による演奏 1969年 Trova TLS-5027 Gerardo Gandini.wav ・・・・Gerardo Gandini (現代音楽のピアニスト) 1989年 HEMISPHERE TOCP-50181 Daniel Barenboim.wav・・・・Daniel Barenboim(現在は指揮者として活動) 1995年 TELDEC WPCS-4896  Dante Amicarelli(ダンテ・アミカレーリ:1917-1996)は名手Jaime Gosis(ハイメ・ゴシス1908-1975)と Osvaldo Manzi(オスバルド・マンシ1925-1976)が相次いで抜けた後,ピアソラのグループのピアニストとして 応募してきた人で,後にPablo Ziegler(パブロ・シーグレル:1944-)が長期間定着するまで, Osvaldo Tarantino(オスバルド・タランティーノ:1927-1991)とともに数年間ピアソラのピアニストを務めた. オーディションの際にGosisと比べてAmicarelliの手が非常に小さいのを見たピアソラが,それでもちゃんと 弾けるのかを見るために一晩で書いてきた編曲が,ここで取り上げた旧作"Adiós Nonino"(1959年)の編曲譜である.  Gerardo Gandini(ヘラルド・ガンディーニ:1936-2013)は作曲を南半球の大御所ヒナステーラ (Alberto Giastera:1916-1983)に,ピアノをメシアンの奥さんY. ロリオ(Yvonne Loriod:1924-2010)に就いた 現代音楽のピアニストで,ジュリアードで教鞭を執ったこともある.ピアソラの晩年の6重奏団でピアノを弾いた. アムステルダムの王立カレー劇場でのプグリエーセとピアソラの合同演奏会で,プグリエーセ作曲の代表曲 "La Yumba(ラ・ジュンバ:「リズム」)"からピアソラの代表曲"Adiós Nonino"への移行部分をピアノ・ソロで 徐々に曲が変わるように繋いだ長い即興演奏で実力を示した.ここでは,この曲が鎮魂曲であるにも拘らず, 激しい弾き方をしている.  ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim:1942-)はアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニストで, 現在は主として指揮者として活動している.イスラエルとパレスティナの市民権を持っており, ヒットラーが意図的に集団煽情に使ったとされるワーグナーの曲をイスラエルで指揮(注)したり, ヨルダン川西岸地域で音楽活動するなど,政治色の濃い活動をすることでも有名である. ピアノに関しては父親が唯一の教師であるとされる.作曲はブーランジェに就いている. 同郷のよしみで(?)ピアソラの曲を弾いたCDを出している.ここでの"Adiós Nonino"の演奏は この曲が鎮魂曲であることを意識した演奏になっている.\\ (注:2001年7月7日のエルサレムでの「イスラエル・フェスティヴァル」) 2 打ち込み.mid・・・・・故尾花充氏(元宝塚造形芸術大教授,東京藝術大学作曲科卒)による打ち込み.              クセの少ないダンテ・アミカレリの演奏に近い感じがする. Veloc65.mid ・・・・・上記「打ち込み.mid」でvelocity値を65に固定したもの.(tempoはそのまま使用) Tempo160.mid・・・・・上記「打ち込み.mid」でtempo値を160に固定したもの.(velocityはそのまま使用) 楽譜.pdf・・・・・・・上記1に対する松井淑恵氏(現:豊橋技大)の京都芸大Dr時代の採譜  使った曲はアストル・ピアソラ(Astor Piazzolla:1921-1992)による"Adiós Nonino(さようなら,お父ちゃん)" (1959年)【Dante Amicarelliの入団オーディションのための編曲(1969年)】です. ピアソラは父の存命中に"Nonino"を書いており,"Adiós Nonino"とともに1960年に結成した最初の5重奏団での LPレコード(CAMDEN CAL-3253)を残しています.その時のピアノはJaime Gosis, ビオリンはSimón Bajourです.  "Nonino"に関しては,オスバルド・プグリエーセが優れた編曲(多分,Emilio Balcarceによる)の 非常にいい演奏(Philips FL-5079)を残していますが,"Adiós Nonino"に関してはプグリエーセの録音は ありません.ネットで「オスバルド・プグリエーセの演奏による"Adiós Nonino"」として流されているものは "Nonino"です.ブエノスアイレスのバイレ(ダンス場)で「"Adiós Nonino" por Osvaldo Pugliese」として "Nonino"の録音がダンスに合わせて流されていることもあるようです.現地でも誰も気が付かないのが不思議ですが, この間違いは,プグリエーセの演奏を集めたアルゼンチン版のCD2枚組の"40 Obras Fundamentales"に "Nonino"が"Adiós Nonino"としてタイトルを間違って組み入れられていたからであると思います. 第1主題が似ていることと,エミリオ・バルカルセによる編曲が凝ったものであったため,このようなことが 起きているのだと思います.  "Adiós Nonino"の第1主題は"Nonino"の第1主題を少し変形したもので,分かりやすいように,これらを a-mollに移調した旋律譜を,拙著「楽器の科学」の見開き左右のページ裾模様として使っています.